高校2年生が終わります。

   今日で2年生が終わります。
はじめはなじまなかったクラスも、毎日顔を合わせていると不思議と愛着が湧いてくるものです。
みんなが1年かけてつくったこの居心地のいい空間(?)ともお別れです。

 また4 月からは新しいクラスでスタートとなります。不安に思う人もいるでしょう。「仲良しの子が新しいクラスにいなかったら…」みんな気持ちは同じです。何でわざわざクラス替えをするの?そんな声も聞こえてきます。
 あえて僕はクラス替えの意味をここで述べたいと思います。
 これから先、みんなはもっともっとたくさんの人と出会うはずです。その度に自分で人間関係を築いていかなければなりません。面倒に思うかもしれませんが、生きていくためには避けては通れない道です。
 僕は常にみんなの5年後、10年後、20年後を見据えています。友達と遊んだり、応援団を頑張ったり、球技大会で優勝したり、いっぱい寝たり、先生に怒られたり、人間関係に悩んだり、恋愛に失敗したり、単位を落としたり…高校生の時に経験するあらゆる良いことも悪いことも、全部一人ひとりの将来のために必要なことなのです。そんな経験ができるのは学校であり、クラスだと思っています。そして、クラス替えによって、より多様な人とつながり、経験を共有することができると思っています。

    僕の役割はそんな経験をできるだけたくさんできるような環境をつくること。そして、そんな経験をしているみんなの邪魔をしないこと。
 学校の先生がまるで答えを知っているかように思っている人もいるかもしれませんが、人間である限りそんなことはあり得ません。君たちがどう生きるかは経験から多くを学びます。君たちがこれから先、どんな経験をするか想像もできません。その度に、自分で考え、友達にも協力をしてもらい、自分が最も納得のいく生き方を選んでいく。これから先の人生を生きるのは君たちですからね。
 今年1年はこのポリシーを徹底しました。「甘さ」を感じた人もいるかもしれません。確かに、他の先生方に比べたら甘いところはありました。でも、君たちはクラスの中でお互いを尊重し、ゆるいつながりをもって学校生活を送れたのではありませんか?菊池のクラスは「自由だった」と感じた人もいるでしょう。僕は決して楽をさせたつもりはありません。その逆です。自由な代わりに、君たちに何か不都合があったときは全て自分にそのツケが回ってくるのですから。そうやって経験を積んでいくのです。
「自立」することは、一人で生きていくことではありません。何か困ったことがあれば「自分から」助けを求められる。これも「自立」です。人とつながることのできる人は、いろんな意味でメリットがあるのです。

 一番大切なのは「一人も見捨てない」ことです。一人でも見捨ててしまう集団は、また一人、また一人と次々に見捨ててしまいます。そのうち、自分が見捨てられるかもしれない。その結果が今の日本の社会です。卒業後に厳しい現実が待っているかもしれません。そんな社会にしないためにも、みなさんに「一人も見捨てない」ことを再三に渡り言ってきたのです。3年に上がっても、このことはぜひ覚えておいて下さい。

 最後に、僕の至らない点もたくさんありました。みんなはそれを許してくれました。感謝されるようなことは何もしていません。こうやって、自分も成長することができたと思います。本当に感謝します。新しいクラスでの活躍を期待しています。